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vol.16-1

アスリートから医師へ

子どもの頃の夢は、プロのスポーツ選手になること。

 

幼少の頃からサッカーの練習に明け暮れ、クラブに所属し、Jリーガーをめざしていました。小学5年生のとき、小学生では競技人口が少なかったスノーボードに出会いました。やり始めたら面白くメキメキと上達し、複数の大会で優勝を果たしスポンサーも付くように。中学から高校にかけて夏休は海外の山、それ以外は国内の山にこもって練習合宿の日々を過ごしていました。しかし、次第に、平野歩夢選手のようなトップオブトップにはなれないと限界を感じるようになり、しばらく将来の夢を見失っていました。

 

そんな高2の三者面談の日。

 

直前の全国模試の成績が良く、クラス担任の先生に初めて「医学部を狙える」と言われたときの母の喜ぶ表情を見て「やってみるか」と医学部受験を決めました。当時は医師をめざすというより、自分なりの親孝行をしたいという気持ちが強かったように思います。また幼少の頃に他界した父親は医者志望でしたが、経済的な理由から獣医師になったこともあり、父親の夢を果たせることも励みになりました。

 

それに、やるからにはてっぺんをめざしたい。それまでずっとプロをめざしてスポーツに打ち込んできた負けん気も出ていたのかもしれません。当時の人気ドラマ『やまとなでしこ』に登場する医師がキラキラしていて(笑)。そんな高校生らしい単純な憧れもありました。

 

その後、無事に医学部に入学。それでも医学部時代は、毎年約1万人誕生する医師のうちの1人になるより、より社会に貢献できるかたちはないものか…と診療科を決めることもままならない状況でした。

 

最終的に精神科を選択した理由は、研修医の最後に教授からお声をかけていただいた「一緒に研究をしよう」という言葉。また、医師の知見を活かした非営利組織の運営や再建といったコンサルティングにも興味があり、留学も視野に入れていましたが、学校経営が身近な生い立ちもあり、経営実践からの学びが大きいと思い、その後、学校経営に携わることに。“生の”教育現場でメンタルヘルスの課題を肌で感じ、社会課題の解決に結びつく研究をしたいと考え、学校精神保健の研究と実践を行いました。

 

改めてこれまでの人生を振り返ると、その時々に訪れる“出会い”や“出来事”に意味を感じ、目標や夢を持ったらその道にまっしぐら。それらを達成するために、目の前のことに一所懸命に向き合ってきたように思えます。

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好きな言葉・格言

「運鈍根(うんどんこん)」

成功するためには、幸運に巡り合うこと(運)、根気のよいこと(根)、ねばり強いこと(鈍)、この3つが必要であるということわざです。これまで、その時々の目標を持って取り組み、結果として成功も失敗も経験してきました。サッカーもスノーボードも医学部受験も、辛いときに、根気強く、粘り強く、取り組んだことが良い結果につながり、運も引き寄せたように感じます。そして物事には運もあるのだったら失敗してもしょうがないと最終的な救いにもなる言葉です。

<この記事を書いた人>

Sekizaki Ryo
精神科医
関﨑 亮
Sekizaki Ryo
略 歴
群馬県出身。東邦大学医学部卒業後、研修医を経て同大学医学部精神神経医学講座に入局。その後、大学院にてジュニアアスリートへのインターネットを活用したメンタルヘルスケアサービスに関する研究を行う。その傍ら、精神科学校医として、生徒、保護者、教職員のメンタルヘルスケアに携わり、学校保健の実績を積む。東邦⼤学医学部精神神経医学講座 客員講師として学校精神保健や遠隔医療の講義担当、学会やシンポジウム等での講演多数。
2018年、株式会社 Welcome to talkを設⽴。
専門分野
学校精神保健
スポーツ精神医学

▼学術論文
学校精神保健における遠隔相談の可能性
https://medical-society-production-jseip.s3.ap-northeast-1.amazonaws.com/uploads/paper/pdf/58/5_1_2020_9.pdf
趣 味
サッカー/スノーボード/アニメ/YouTube
子どもの頃はスポーツ一筋。逆に、最近は身体を動かすことがなくなり、鬼滅の刃、呪術廻戦、ゴルゴ13などのアニメや、ゲーム実況、ゴルフ解説を楽しむYouTubeなどインドアライフを満喫しています。
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