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こころの専門家リレーメッセージ
親子関係ー親は弓、子どもは矢
精神科医
阿部 尚

学生の頃、1冊の詩集「預言者」に出会いました。レバノン出身の詩人であり、画家や彫刻家としても活躍したカリール・ジブランの作品です。
親子関係とは?
働くとは?
結婚とは?
生きるとは?
といった人生のさまざまな問いが連ねられています。
この詩集をたまたま目にした当時は、私自身が少し親子関係につらさを感じていた時期。詩集の中の「親は弓で子どもは矢」という一節に救われました。
どこに飛んでいくかわからない矢を、真っ直ぐに飛ぶように放つ弓。
『子どもは親と共にいるが親に属しているわけではなく、子どもに愛情を与えるのはいいが考えを与えてはいけない。子ども自身の考えを持っている。子どものこころは親がたずねてみることもできないあしたの家に住んでいる…』
子どもの立場からすると、どこに飛んでいくのも自由なんだと気が楽になったのを覚えています。精神科医となった今も、親子関係を考えるうえで、簡潔ではありますが、いろんなことに気づかせてくれる一節です。
児童思春期の臨床に携わるなかで多い相談が不登校やひきこもりです。
ひきこもりで問題なのは、学校に行けないことではなく、「生きる力」が身につかないことだと思います。究極、自分で自分の腹を満たすことができる力さえあれば人は生きていけますが、それをどのようにすればいいのか、いつも保護者の方と頭をひねる問題です。
今の子どもたちは、あまりにも早くから自分の将来について選択を迫られていて気の毒だと感じます。人生は何度でも選択しなおせるものなのに、ひとつのレールに乗ってしまえばその上しか歩けないような錯覚を植え付けられているようです。
中高生で、本当に将来自分がやりたいことを見つけられる子どもはほんの一握りの幸運な子です。一人ひとり、ペースが違うのに、皆と同じであることを強要されれば学校に行きたくない、社会に出るのも怖くなる子どもがいるのはごく自然のことだと思いませんか。
人間は好んで辛いことをしたい生き物ではありません。「うちの子はほかの子と違う」「私はみんなと違う」という不安があるかもしれませんが、果たして違うことは悪いのだろうかということを考えてみてほしいと思っています。
10代の時間は、長い人生でみれば、ほんの一瞬の出来事にしかすぎません。今、迷って躓いて転んでいることは、案外かすり傷みたいな出来事なのかもしれません。
コロナ禍で子どもたちが自宅で過ごす時間が増え、子どもたちの行動が気になる保護者の方も増えたのではないでしょうか。個人的には、子どもたちの悩みや不安はコロナだけが理由ではなく、もともと友達との人間関係に悩んでいたり、学校が面白くなかったことが、コロナがきっかけで噴出しただけなのではと考えています。
一緒に過ごす時間が長くなった今が、子どもさんの個性を理解する良いきっかけになるかもしれません。
「悲しみがあなたの存在をえぐれば、えぐられたところにはそれだけ喜びを蓄えることができます」
同じくカリール・ジブラン「預言者」からの一節。私自身も学生の頃は悲しいことがあるといつまでも引きずっていましたが、物事には必ず良いこと悪いことが表裏一体であるものだと思うようになって立ち直りが早くなりました。<この記事を書いた人>

双極性障害
産業精神医学(職場のメンタルヘルス)
高校生の頃、感覚的に楽しめる笛に魅了されて以来、笛のコレクターです。最近、雅楽で使われる龍笛を習い始めました。